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高松高等裁判所 平成5年(ネ)77号 判決

控訴人

甲野一郎

右訴訟代理人弁護士

張有忠

被控訴人

乙川春子

主文

一  本件控訴を棄却する。

二  控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

第一  申立て

一  控訴の趣旨

1  原判決を取り消す。

2  平成三年二月一二日付け高松市長に対する届け出によりした控訴人と被控訴人の離婚は無効であることを確認する。

二  控訴の趣旨に対する答弁

主文第一項と同じ

第二  請求及び事案の概要

控訴人の当審における主張を次のとおり付加するほか、原判決の「事実及び理由」欄の第一、第二記載のとおり(ただし、原判決書一丁裏四行目「原告は、これを」を「被告は、これを」に改める。)であるから、これを引用する。

(控訴人の当審における主張)

控訴人と被控訴人は、ともに中華人民共和国の国籍を有するものであるから、離婚に関する準拠法は中華人民共和国法であるところ、中華人民共和国婚姻法二四条は、「男女双方が自ら離婚を希望する場合は離婚を許可する。双方は婚姻登記機関に出頭して離婚を申請しなければならない。婚姻登記機関は、双方が確実に自ら希望し、かつ子女と財産の問題を適切に処理していることが調査により明確となった場合は、離婚証を発給しなければならない。」と規定し、また、婚姻登記弁法(婚姻登記規則)七条一項は、「男女双方が自発的意思により離婚を望み、かつ子女の扶養及び財産の処分について協議が整っている場合、双方は自ら一方の戸口所在地の婚姻登記機関に出頭し、離婚登記を申請しなければならない。申請に当たっては、住民身分証又は戸籍証明及び『結婚証』を持参すべきである。婚姻登記機関は、状況を調査して事実であることが明らかになったときには、登記を認め、『離婚証』を交付し、『結婚証』を回収すべきである。」と規定している。しかるに、控訴人と被控訴人との本件離婚は、前記の実体的及び形式的要件をいずれも具備していないので無効である。

理由

一証拠(〈書証番号略〉、原審及び当審における控訴人並びに被控訴人の各本人尋問の結果、弁論の全趣旨)によれば、次の事実が認められる。

1  被控訴人は、一九六三年(昭和三八年)七月三一日、中国人乙川山と日本人丙沢光子との間の四女として中国遼寧省瀋陽で出生し、小学生の時、一年半ほど母とともに日本で過ごしたことがあるほかは中国で生活を送っていたところ、昭和六一年ころ中国人の控訴人と知り合い、平成二年一月九日、中国で婚姻した。

2  被控訴人は、昭和六〇年ころ日本での永住権を得ており、控訴人と婚姻後、先ず、被控訴人が単身来日し、高松市在住の母や姉のもとに身を寄せ、就職して自活していたが、長女の出産が迫ってきたので夫を日本に呼び寄せることにした。そこで、控訴人は平成二年九月一七日ころ来日し、被控訴人の三番目の姉の家で被控訴人と同居することになった。そして、被控訴人は、同月二九日長女甲野恵を出産した。

3  控訴人は、来日以後就職はしたが、習慣の違いもあって職場に馴染めず仕事に不熱心なうえ同僚と喧嘩したり、上司から注意を受けても素直に聞き入れなかったりしたため、一定の職場に長続きせず、また勤労意欲も乏しかった。

被控訴人は、控訴人に対し真面目に働くように再三懇請し、近隣の人に迷惑をかけないようにと注意したが、控訴人が一向に聞き入れないので、次第に控訴人に対する愛情を失い、喧嘩が絶えず、控訴人から中国に帰りたいとか、離婚したいとか言い出すこともあった。

4  被控訴人は、控訴人が生活態度を改めようとしないので、控訴人は日本での生活には適合せず、もはや同人と夫婦生活を続けるのは困難であると強く思うようになり、平成三年二月初めころ、控訴人に対し離婚したいと申し出た。そして、被控訴人は高松市役所から離婚届用紙を取り寄せ、同人に関する個所に所定事項を記入したうえ、同月一一日ころ、これを控訴人に提示して改めて離婚を求め、同用紙の「夫」の欄に署名押印するよう求めたところ、控訴人はこれに応じて所定欄に署名押印したほか、「生年月日」、「住所」の一部、「本籍」、「父母の氏名」、「続柄」などを書き込み、被控訴人にこれを交付した。被控訴人は三番目の姉の乙川愛華及び二番目の姉の夫甲野興維に説明し右届出用紙の証人欄に署名を得た。被控訴人は子甲野恵の親権者については控訴人と話し合っておらず、右届出用紙にも記入しなかったところ、被控訴人が翌一二日、右離婚届を高松市役所に提出した際、係職員から記入するように言われたので甲野恵の親権者には被控訴人がなることにしてその旨記入し、右届け出は受理された。

5  被控訴人は、同日夜、控訴人に対し、高松市役所から交付を受けた離婚届の受理証明書を見せ、甲野恵の親権者を被控訴人として届け出たことを話し了承を求めたところ、控訴人からは特に異議は述べられなかった。

6  控訴人は、右離婚届け出後もなお前記被控訴人の姉方に居住を続けていたので、被控訴人が控訴人に対し「被控訴人とは離婚して他人になったのだから、姉方から出て行ってほしい。」と要求したところ、控訴人は約一週間後姉方を出て被控訴人の実兄方に移った。その際、被控訴人は、控訴人が費用を貯めて中国に帰るというので、その一部にするようにいって三〇万円を与えた。控訴人は、被控訴人の実兄方に一〇日ほど居て堺市に転居したがそれ以後、被控訴人には、何の連絡もしなかった。

7  被控訴人は、同年九月二八日、丁海慶と婚姻し、長女と三人で生活している。

以上の事実が認められる。

右認定の事実によれば、控訴人と被控訴人は、来日以来、控訴人が日本での生活に馴染めず、真面目に働かなかったことも原因して、喧嘩口論が絶えず、被控訴人は次第に控訴人に対する愛情を失い、夫婦共同生活を継続することが困難になったことから互いに離婚の意思を固め、両者が離婚に合意し、その自由な意思に基づいて離婚届を作成し、控訴人は被控訴人にその届け出を託したものであって、本件離婚届は、控訴人及び被控訴人の真意に基づいてされたものであると認められる。

控訴人は、本件離婚届への署名は、被控訴人の母から、控訴人らの離婚は中国において所定の届け出をしないと効力がないと言われたため、日本の手続では効力が発生しないと思って署名押印したもので真意に基づくものではないと供述するが、原審及び当審における被控訴人本人尋問の結果に照らして、たやすく措信することができず、他に前記認定を覆すに足りる証拠はない。

控訴人は、控訴人と被控訴人は、ともに中国の国籍を有する者であるから、離婚に関する準拠法は中国法であるところ、本件離婚届は、中国婚姻法及び婚姻登記弁法所定の諸要件を充足していないから無効であると主張する。確かに、中国法では離婚に関し控訴人主張の法規のあることは裁判所に顕著であるけれども、中国法に定める離婚の実体的要件は「当事者が自由な意思で離婚を望んでいる」ことであり、「登記機関に出頭し離婚登記を申請する」ことは、法律行為の方式であって離婚の形式的成立要件にすぎないものと解されるから、前者については前記認定事実によって明らかなとおり、被控訴人及び控訴人はともに離婚の意思を有しその合意が成立したことで充足されており、後者については、法例八条二項により、行為地たる日本の法律に則った方式である高松市長に対する子の親権者を被控訴人と定めた離婚届出によって充足されているものということができる。

控訴人の主張は採用の限りでない。

以上によれば、本件離婚届によってされた被控訴人と控訴人の協議離婚は有効に成立したものというべきであって、控訴人の請求は理由がない。

二よって、原判決は相当であって、本件控訴は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法九五条本文、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 安國種彦 裁判官 渡邊貢 裁判官 田中観一郎)

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